文系卒プログラマーとは 「趣味と仕事の境界線」

これから自らを奮い立たせなきゃいけない場面が多々あると予想される今、ぼくはぼくが行なった選択を恥じたり後悔したりすることの無いように、ここに色々書くことにした。

 

・ぼく

プログラミングという言葉を最初に聞いたのは大学生になった直後だった。覚えているだろうか、初めて気の合いそうな友だちが同じ学部にできてすぐの頃に、一緒に図書館に行ってvisual basicに関しての分厚い本を借りたことを。ここから怒涛の「始めては辞める」大学生活が始まったわけだ。試行錯誤とかじゃない。単にアーリーアダプターのなり損ない。だけど、それがあって今がある。特に恥じる必要も、変えようとしなくてもいい。

これも覚えてるかな、高校3年生ももうすぐ終わるぐらいの時期に、いつもの下校メンツでチャリで帰ってたとき、「大学生になってもメルアドとか残しとく?」って聞かれて『消すかな』って答えたときのシーンってなった瞬間。仕方ないんだ。これがぼくという人間なんだ。関係性、とりわけ友だちなどの近くて身近で親しい関係というのはせいぜい3~4人が限度。それを超えると重荷に感じることが多い。その証拠に、仲の良かった中学時代の人間に天神なんかで会った日には「なんでここを通ったんだろう」と後悔するぐらいだから。とにかくSNSなんかですら「友だち関係をしっかり維持できるのは150人」説が出てるわけだから。

 

・文系卒がプログラマーになるとは

とてもモチベーションの維持に苦労している。どうにも知識が定着しにくいからだ。テキストで勉強したことを、実践に落とし込めない日々が続いている。会社ではひたすら先輩のプログラマーにマンツーマンでphpやらjavascriptやらなんやらを教えてもらっている。隣で教えてもらってるそばからできない。自分がこんなに飲み込みの悪い人間だと思ったのは初めてだ。自分が表現したいことが全くできない。コーディングをしているのか、ひたすらネットに落ちているソースを切り貼りしているのかどちらかわからなくなってきた。それくらい今自分がやっていることが分からない。これは果たして就活をしているときに想像していたプログラマー業の像と異なる部分はあるだろうか。

大学は文系で、しかも特にプログラミングに関しての知識はない。しかし、単位不足で大学を中退することになったことから、自分を見つめ直すという名目で昔から興味のあった「プログラマー」を就職先に決めた。理由は単純明快。『パソコンを触るのが好き』だからだ。

好きなことを仕事にする、なんていい響きだ。仕事なのか趣味なのかという境界線を容易に頭から消せそうだ。寝食を忘れて働いて、結果的にお金ももらえる。だけど案外ストレスに晒されやすい状況でもあるって気づいた。第一に、「逃げ道」を作りづらい。言い換えれば、「好きなのにどうして出来ないんだ」という心境に陥りやすくなる。そもそもパソコンを触るのが好きなだけであって、プログラミングが好きなわけではなかった。YouTubeを見たりTwitterを見たりすることが好きなだけであって、wordpressでサイトテーマを作成することなんてやったことがない。つまり、ここでいう「好き」とは単にモチベーションを維持する材料の一つに過ぎないのであって、仕事に対しては何にもプラスをもたらさないのだ。ここで重要なのは、モチベーションを維持する用途で「好き」を引き合いに出せるのは、あくまで順風満帆に行ってるときであって、ストレスに苛まれていたり、仕事に対してのモチベーションが下がってる状況下では為す術もない。

 

・逃げ道としての「趣味と仕事の境界線」

『職業はプログラマー、趣味はプラモ作りです。』というのなら分かる。明確に職業と趣味に差があるからだ。これが同じ場合、生きづらくなるというのが持論である。好きが言い訳にできなくなるからだ。「好きなことは別に強制力が無くても自分でひとりでに独学をしたり行動をしたりするものだ」とずっと思い込んでいた。

しかし、これは自分には当てはまらないと認めないといけない。そのモチベーションが続くのは、あくまで何かの片手間でやっているときに限られるからだ。そのときメインでやっていたことを押しのけて、片手間でやっていたことをメインに昇格させると、急に続けられなくなってしまう。

実際にじぶんがそうなった事例を出すと、最近で言えば「タイムログをつける」ことがそれに当たる。仕事中にじぶんが何にどれくらい時間を費やしているのかを記録に残したくて始めた。当初は、日報やミーティングの議事録の作成に時間がかかり過ぎることに対して行なった改善策だった。次第に業務を細かくセクション分けしてログをつけようとするようになる。途端に上手く行かなくなった。

目的がすり替わっている。最初の目的は「ルーティンワークに掛かる時間を削減する」ことだった。それがいつの間にか「業務毎に掛かる時間を見てみたい」と言うものになっていた。してみたいこと・やってみたいこととは、果たしてそれ自体が目的だったのかを再考しないといけない。「プログラマーになりたい」という目標は、プログラミングをするためなのか、それともつくりたいものがあるからなのか。後者であるなら、それは本当にプログラマーじゃないといけないのか。そうやって考えていった先に、ぼくがプログラマーになりたいと思った理由があるわけで、パソコンが好きだからプログラマーになったわけではないってことを意識してみるのもアリだろう。

そうやって明確にしてみると、案外「好きなことを仕事に」できているかと言えば出来ていない事がわかる。イラストを描くのが好きだからイラストレーターになりたい、けど趣味と仕事は違うと考えるとき、じぶんがイラストレーターになることで見てもらいたい世界観があるんじゃないかなと思ったりする。それはつまりイラストを描きたいからイラストレーターになりたいってわけではないはず。

仕事と趣味は同じじゃないって思う時が来れば、こう考えよう。『仕事と趣味が同じになることは基本的にない。』と。